失敗

「失敗して良かった。」「いい経験した」なんてポジティブな人は言うかもしれないが、私はそんな風に心から思うことはほとんどない。やるからには成功したいし、失敗するなら初めからやりたくない。でもこれだけは失敗してよかった。

 おっぱいを止めさせることを断乳といい、自然に飲まなくなることを「卒乳」というらしい。私はできれば「卒乳」させたいと思っていた。娘が2歳を過ぎ、周りから「まだおっぱい飲んでるの?」「そろそろやめたら?」という声を多く聞くようになってきた。断乳を決行する決め手となったのは保育園の先生から「園でお昼寝出来なくて泣き続けるからおっぱい止めてください」と言われたことだった。保育園に入ったばかりの娘はおっぱいがないとお昼寝が出来なかった。

 断乳一日目。意外と何事もなく終わった。昼間は保育園に行っているし、夜は別の部屋で寝た。きっと泣くだろうと思っていたら、一度朝方に少し泣き声が聞こえただけですぐにおさまった。断乳二日目。朝まで娘は全く起きなかったらしい。泣くこともなく断乳に成功した。保育園でも褒めてもらって喜んでいるらしい。こんなに簡単におっぱい止められるんだ。授乳という何千回と繰り返したことが終わると思うと嬉しいかと思っていたのに、実際はすごく寂しくなった。おっぱいに執着してたのは私の方だったのかもしれない。

 断乳三日目。ぱんぱんになったおっぱいをお風呂で絞ったり、一人別の部屋でおっぱいのケアについてスマホで調べていた。すると目に付くのは「おっぱいは出来るだけ長くあげたほうが良い」という情報ばかり。WHOは2~3歳までの授乳を推奨しているという記事もかなり引っかかった。できれば卒乳させましょうと書いてある。でももう娘は飲むって言わないし、これは断乳じゃなくて卒乳だったんだと自分に言い聞かせた。すると、隣の部屋から泣き声が聞こえてきた。なかなか泣き止まない。たまらなくなって娘のところへ戻り、おっぱいを差し出した。え?いいの?と一瞬飲むのをためらったようだったが、ごくごく飲んで眠ってしまった。

 またおっぱいを飲んでくれることが嬉しくて仕方なかった。おっぱいが溜まると母性もたまるのか、娘のことが愛おしくて仕方なくなった。娘が飲みたかったのではなく、私が飲ませたかったんだということに気が付いた。朝も昼も夜もおっぱいを飲ませた。断乳は完全に失敗してしまった。

 中途半端なことをしてしまって娘には本当に申し訳ないと思ってる。でも、失敗してよかったとも思ってる。今までは欲しがるから仕方なくおっぱいをあげていたのが、これからは前向きにあげられる気がしてる。だって私があげたいのだから。そして、これを機に夜中娘は起きなくなった。保育園でも泣かずに寝れているらしい。おっぱい止めました宣言をしてしまったので、いまだに飲み続けていることは内緒だけどね。

「おっぱいあるよ!」娘が2歳を過ぎ、そろそろおっぱいを止めて欲しいと思ってた頃。喋り出したばかりの彼女に、「もうおっぱいないよ」と言っても「ある!」と言い張る。何度聞いても可愛いすぎるあの頃の娘の声。

 おっぱいを止めた方が良いと保育園から言われ、断乳を1度試みた。でも止められなかった。娘が、ではなく実は私が。おっぱいが溜まってカチカチに張った胸の痛みと、隣の部屋から聞こえてくる泣き声に耐えられなかった。断乳後のケアを調べるつもりでスマホを見ていると、「母乳は出来るだけ長くあげた方がいい」という情報ばかり目に入ってきた。結局断乳は三日目にして失敗、またおっぱいを飲ませてしまった。そしてもう好きなだけあげることにした。

 断乳失敗後は保育園には内緒で飲ませていた。誰になんと言われようが気にしないことにした。次女を妊娠してからもあげ続けた。産院からは「妊娠の経過が順調ならあげて良いけど、なにかあったらすぐ止めないといけない。だからそろそろ止めてた方がいい」と言われてた。断乳はしなかったが、そのうちおっぱいよりもオレンジジュースの方がいいと言い出し、牛乳の方が美味しいとも言い出した。そして、気が付くと自然と飲まなくなっていた。娘にも私のおっぱいにも負荷がかからず卒乳できていた。

 あれから1年が過ぎ、今は次女がおっぱいを飲んでいる。が、時々長女も飲みにやって来る。いや、飲むフリをしにやってくる。声もお喋りも随分あの頃から変わった。次女を見て最近よく思うのは、この年頃の長女は何て喋ってたっけ?正直全く思い出せない。ただ「おっぱいあるよ!」と言っていたことだけは確かだ。この曲を聴く度にあの頃の、まだおっぱい飲んでた頃の彼女に会えるから。普段は音楽にあまり興味がない私。でもこの曲だけは別。私の生涯の音楽チャート一位は、作曲家の旦那が娘の声で作ったおっぱいソング。是非動画をご覧ください。

1440分

繰り返される日々の中でどれだけ「今」を生きられるのだろうか?繰り返し、繰り返し、今日もまた同じ一日が始まる。あと一年は同じ生活を繰り返すだろう。大切な時期であることは知っているけど、私はもっとクリエイティブなことがしたい。慣れすぎて作業となってしまった一日で、いつも私が見てるのは、過去や未来やスマートフォン。

 今を生きる一番簡単な方法は、おそらく新しい環境に身を置くことだ。例えば旅行に行く。新しい場所に感動している時間は確かに今を生きている。でも帰ってくると、またいつもと同じ一日が始まる。残るのは思い出と洗濯物だけ。たった一日の特別な時間の為にどれだけ過去や未来を使うのだろうか。一日じゃ何も変わらないのに。

 では毎日少しずつ、一年で合計一日分、1440分だけ「今」を生きるのはどうだろうか?1440分÷365日。つまり毎日約4分間だけ今に集中してみる。これなら、旅行と違って準備も片づけもいらいない。

他のことを考えずに、スマホも見ないで、慣れすぎた目の前のことだけに集中してみる。耳の形、まつ毛の先まで観察してみる。あ、爪が伸びている。この子は私で出来ている。あぁ、やっぱり今日も可愛い。究極のクリエイティブは日々の繰返しで産まれるのではないだろうか。

私は人を創っている。よく考えたらこの作業は1年じゃ終わらない。あと10年、いや20年かぁ。果てしないなぁ。1440分を20年で割ってみると、一日あたり約12秒。「大好きだよ」と言って抱きしめるのには十分な時間だ。

変わらない繰り返しの日々の中で毎日少しずつ、「今」を生きる時間を増やしたい。目の前のことに集中して考える、感じる、行動する時間を作ってみよう。たった一日分の時間でも、一年後、20年後、何かが変わる気がしてる。一日じゃなにも出来ない。でも1440分で出来ることはきっと沢山あるはずだ。

道具

「おっぱい」というと喜ぶ男性は多い。単に見たり触ったりして楽しむものと思っているのではないか?違う。おっぱいは便利な道具だ。私が出産するまで全く知らなかったおっぱいの姿を伝えたいと強く思う。

【用途①母乳供給】

 赤ちゃんが産まれたと同時におっぱいの使用が始まる。使用頻度は二~三時間に1度、朝も昼も夜も。使い方は意外と難しく、先端が傷つく、内部が詰まり発熱や傷みを引き起こすなど不具合も多い。その性能はストレスや食事などの外的要因も大きく関わる。

 夜中何度も起こされる、ワンピースは着られない、アルコールは飲めない、外泊どころか一人で夜出掛けるなんて夢のよう。・・・そんな日々が何年も続くとは。

【用途②眠らせる】

 おっぱいは寝かせつけに効果的な道具である。赤ちゃんはおっぱいを咥えたまま寝てしまうが、すぐにおっぱいを外すと目を覚ますことも多い。

 おっぱいを咥えられたまま身動きとれない。何も出来ない時間を何時間過ごしたことか。おっぱいの機能をアップロードできるのなら、一番欲しいのは取り外し機能だ。

【用途③最終兵器】

 最愛かつ最強の敵との戦いを制する最終手段はおっぱい。泣き止まない時は口におっぱいを押し込む。すると一時の平和な時間が訪れる。

 泣くのには理由があり泣き方でわかると言う人もいるが、残念ながら私にはわからない。お腹もいっぱい、オムツも替えた、抱っこもしている。それでも泣きわめく我が子にしてやれることは、もうおっぱいしかない。

 おっぱい。おっぱい。おっぱい。毎日何度も何時間も、それを2年以上続けてきた。飲まなくなった今でも長女のおっぱいに対する依存は大きい。次女が産まれた現在、私のおっぱい生活はまたゼロからスタートした。家事も育児も苦手。母親としての自信はなにもない。だからせめておっぱいくらいは好きなだけ与えたい。娘達が大好きなおっぱいという最高の道具にこれからも頼らせてもらおう。

一万円

おっパブと呼ばれるお店の相場は40分6000円。おっぱい触り放題で飲み放題も付いてくる。延長さえしなければ「おっぱい」は1万円でお釣りがくる。飲み放題はもちろんアルコールだ。では『おっぱい』を飲むにはいくら払えばいいのだろうか?つまり母乳は買えるのだろうか?法的に問題さえなければ、需要も供給もありそうだ。

 まずは需要。「飲んでみたい」という変態はさておき、母乳で育てたいと考える母親は多いはず。母子手帳にも母乳が推奨されているし、代用するミルクには「おっぱいに限りなく近い」ことがPRされている。しかし、母乳が一番と言われる一方で、母乳が出ないことに悩みミルクを選択せざるを得ない母親も多い。可愛いわが子の為なら、いくらお金を出してでも母乳が欲しいと思う人はきっといるはずだ。

 次に供給。『おっぱい』を売るなんて・・・と抵抗がある人は多いとは思うが、『おっぱい』が出すぎる人は絞って捨てなければいけない。そうしないと詰まって炎症を起こしたりもする。「どうせ捨てるものを買ってくれるなら・・・」と思う母親がいてもおかしくない。また、子育て中は働くのが難しい。母乳が高く売れるのなら、経済的に困った母親は売るのではないだろうか。

 試しにネットで調べてみると、2015年に話題になった母乳販売サイトの記事が多数ヒットした。母乳を買い取り販売するらしい。価格は50mlで800円~1200円。1万円だと500ml位買えるのか。赤ちゃんが飲む母乳の量は生後2週間で一日500mlを超え、ピーク時には1リットルを超える。『おっぱい』は1万円じゃ1日分も買えない。

 サイトにアクセスしてみると現在そのサイトは存在しなかった。つまり、現在『おっぱい』は買えない。たとえ買えたとしても1万円じゃ足りない。「おっぱい」を安くみるな。

場所

夜中トイレに起きて戻ってくると、私の寝る場所は30センチしかないことに気が付いた。

 長女と次女の間に私が寝ている。布団は三つある。三人が両手両足ひろげて寝られるスペースもあるはずだ。でもなぜか毎日私は寝返りさえ上手くできないほど、寝る場所が限られている。

 次女は夜中に何度も起きてはおっぱいを飲む。泣き声で起こされた私は寝ぼけたまま次女を引き寄せおっぱいを与える。気が付くと、次女は私のすぐ横で寝ている。
 
 長女は夜中に起きることはないが、驚くほど寝相が悪い。大抵90度以上回転している。そして、なぜか私に近づいてくる。

 長女と次女が迫ってくる為、私の場所はほとんどなくなってしまう。わずか30センチほどしか居場所はない。でもそこに居られるのは私だけ。誰にも代われない譲れない私だけの居場所が確かにここにある。